数字ぬりえと、数独やことばのゲーム
違いは認知的な負荷の大きさです。そしてそれが、今夜どちらを開きたいかを決めています。
夜に少し時間があって、スマホの中に数独もことば遊びも塗り絵も入っている。どれを開くかで迷うとき、実際に選んでいるのは難易度ではなく、いまの自分の頭がどれくらい働きたがっているか、だと思います。
数独とことば遊びは、ちゃんと労働です
数独を解いているあいだ、頭は複数のことを同時に保持しています。この行に何が入っていないか、この列がどうか、この枠がどうか。候補を絞り、仮に置いて矛盾を確かめ、戻る。作業記憶を使い続ける作業です。
ことば遊びも同じで、思い出す、並べ替える、制約に照らす、という手順を繰り返します。だから面白い。難しさがそのまま面白さになっている設計です。
ただし、それは頭が働ける状態のときの話です。疲れているときに数独を開いて、五分で閉じた経験は珍しくないと思います。悪いのは自分ではなく、単に噛み合っていないだけです。
数字ぬりえには推論がありません
こちらでは、判断はすでに終わっています。この領域は12で、12はこの色。考える余地はなく、迷う場面もありません。仕事は狙いを定めることだけです。
何もしていないように聞こえますが、そうでもありません。目は次の対象を探し続けていますし、指は細かい狙いを繰り返しています。使われているのは、判断ではなく注意です。しかもその注意は、常に手の届く範囲にある小さな対象に向いています。
この差が、そのまま選び方になります。問題が欲しい頭には数独が向き、どこかに静かに居たい頭には塗り絵が向きます。ずっと片方ばかり、という人は少なくて、日によって行き来するのが普通です。
それから、中断したときの復帰のしかたも違います。数独を途中で止めると、頭の中に組み立てていた候補の並びが消えるので、再開には読み直しが要ります。塗り絵は、どこから再開しても同じです。覚えておくべきことが一つもないからです。細切れの時間に向くのはこのためです。
塗り絵に無いものも書いておきます
- 難度の伸びがありません。1枚目と50枚目で、求められることは変わりません。
- 上達がありません。速くはなりますが、それは目の慣れであって技能とは呼びにくいものです。
- 解けたという瞬間がありません。終わりはありますが、突破した感じではなく、埋まりきった感じです。
- 人に話せる結果が出ません。今日は難しい問題が解けた、に相当するものがありません。
これは欠点というより性質です。手応えを求めて開くと物足りないのは当たり前で、その日は数独のほうが正解です。
どちらかを選ぶための一つの質問
いま、うまくいかないことに耐えられるかどうか。数独は行き詰まりを含んでいて、その行き詰まりが面白さの一部です。塗り絵には行き詰まりがありません。押せば必ず進みます。
一日の終わりに、もう一つ行き詰まりを引き受けたくないと感じるなら、それが答えです。逆に、今日は何も噛みごたえがなかった、と感じているなら、塗り絵はたぶん物足りません。
よくある質問
数字ぬりえは頭のトレーニングになりますか
そういう主張はしないほうがいいと思います。この手のものが頭に効くという研究はありますが、規模が小さく短期間の自己申告に頼ったものが多いので、結論ではなく手がかりとして読むのが妥当です。少なくとも推論を要さない作業なので、数独のような負荷はかかりません。
疲れているときはどちらが向きますか
塗り絵のほうが噛み合いやすいです。判断が要らず、行き詰まりもなく、押せば進むからです。数独は頭が働く状態を前提にしているので、疲れているときは楽しくなりにくいです。
両方やる意味はありますか
あります。求めているものが違うからです。頭を働かせたい日と、手だけ動かしたい日が交互に来るのはごく普通で、片方に統一する必要はありません。
塗り絵は退屈になりませんか
なることはあります。難度が上がらないので、刺激を求めて開くと飽きます。長く続いている人は、達成のためではなく、手を動かす時間そのもののために開いていることが多いようです。
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