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カラーバイナンバーは芸術か

構図も配色も区画も、到着する前に決まっています。それでも「作ること」ではあるのか。両側の論をきちんと立てて、正直な決着をつけます。

この問いは茶化されがちですが、真面目に扱う価値があります。塗り終えた絵を人に見せたときに一瞬よぎる引っかかり——これは自分が作ったと言っていいのか——には、ちゃんとした中身があるからです。両側の論を立ててから決着をつけます。

否定側の論

いちばん強い形はこうです。芸術と呼ぶに足る行為には、選択が要る。何を描くか、どう構成するか、どの色を隣り合わせるか。ところが番号どおりに塗る行為では、これらが全部すでに決まっています。

結論として、行われているのは制作ではなく実行である。この論はきちんと成立しています。反論するなら、正面から受ける必要があります。

肯定側の論

肯定側の筋は、「実行は昔から美術実践の一部だった」という事実にあります。

工房制作では、親方が構想と下絵を担い、弟子や職人が実際の画面を作りました。フレスコでは原寸の下絵を壁に転写してから彩色します。版画の版元と摺師の関係も同じで、構想した人と刷った人は別です。多色の印刷では、色ごとに版を分ける工程そのものが専門技能でした。これらの実行者を「芸術に関わっていない」と言い切るのは無理があります。

さらに、再現の巧拙は現実に存在します。同じ下絵から、良い仕上がりと悪い仕上がりが出ます。技能が結果を左右するのなら、そこには工芸としての中身があるということです。

正直な決着

両方を踏まえると、こうなります。番号どおりに塗る行為は、著作ではなく工芸的な行為です。あなたは作品の作者ではありませんが、何かを作ってはいます。

そして重要なのはここです。著作でないことは、価値がないことを意味しません。人が楽しんでいる制作行為のほとんどは著作ではありません。レシピどおりに料理をすること、譜面どおりに楽器を弾くこと、型紙どおりに服を縫うこと。これらを「創作ではないから無意味」と言う人はいません。番号どおりに塗ることを、それらより下に置く理由もありません。

「芸術か」と「自分のものか」は別の問い

実務的には、こちらのほうが役に立つ切り分けです。

塗り上がった一枚は、あなたの手が作った具体物です。共有しても構いませんし、それがあなたの作業の成果であることも事実です。ただし、それは原図の著作ではありません。人に見せるときの正確な言い方は「自分が塗ったもの」であって「自分が描いたもの」ではない、というだけのことです。この区別さえ守れば、後ろめたさの必要はありません。

1950年代に同じ議論があった

この論争は新しくありません。まったく同じことが、Craft Master のキットが売れていた1950年代に言われました。批評はおおむね冷淡で、理由も同じでした——構図も配色も決まっている、これは絵を描く行為ではない、と。

その後どうなったかというと、スミソニアンがこのキットを展示するに至りました。作品としての格が上がったというより、評価の枠が変わったのですが、いずれにせよ当時の断定は当時の形のままでは残っていません。この経緯は、どちらの立場についても、自信たっぷりの断定を控えるべき理由になります。「これは芸術ではない」も「これも立派な芸術だ」も、同じくらい早すぎる。

Numbrush の絵はどこから来ているのか

著作の話をする以上、こちらの側も明示しておきます。Numbrush の図柄は、外部から画像を買ってきたものではありません。ビルドの工程で手続き的に生成されています。

生成の方法は、まず一つの扇形を人の手で設計し、それを厳密に回転させて全体の対称を作る、というものです。塗りは平坦な多角形で、アンチエイリアスをかけません。境界が滲まないので、そのあとの工程で領域へきれいに分けられるからです。配色は自動生成ではなく、人が選んでいます。生成された絵は続く工程で領域に分割され、指で押すには小さすぎる領域や細すぎる領域は隣へ併合されます。

つまり、外部の著作物の画像を取り込んでいる部分がありません。第三者の画像ライブラリを使っていないので、そこに由来する権利の問題も生じません。生成に使う道具はアプリに同梱されておらず、出荷されるのは出来上がった絵だけです。

この事実は、上の問いに一つの角度を足します。作者が人間の設計と規則の組み合わせであるとき、塗る側の立場は何なのか。答えは変わりません。あなたは実行者です。ただ、その先にいる作者もまた、一枚ずつ手で描いたわけではない、というだけのことです。

それでも自分で作りたい人へ

配色を自分で決めたい、構図を選びたい、という欲求があるなら、この形式はそれを満たしません。満たすように作られていないからです。番号を外した白地の線画に色鉛筆で塗る、あるいは自分で描く。そちらに移るのが正しい選択で、それは番号どおりの塗り絵を諦めることではなく、別の目的に別の道具を使うということです。

よくある質問

カラーバイナンバーは芸術ですか

著作という意味では違います。構図も配色も区画も、始める前に決まっているからです。ただし工芸的な行為としては成立していて、実行そのものは昔から美術実践の一部でした。著作でないことは価値がないことを意味しません。

塗り上げた絵を自分の作品として公開してよいですか

自分が塗ったものとして共有するのは問題ありません。ただし原図の作者はあなたではないので、自分が描いたと言うのは正確ではありません。この区別を守れば十分です。

Numbrush の絵は誰が描いているのですか

ビルド時に手続き的に生成しています。人が設計した一つの扇形を厳密に回転させて対称を作り、アンチエイリアスなしの平坦な多角形で描き、配色は人が選んでいます。第三者の画像ライブラリは使っていません。

1950年代のキットも同じように批判されたのですか

ほぼ同じ理由で批判されました。その後スミソニアンが展示するに至っており、当時の断定はそのままの形では残っていません。だからこそ、どちらの立場でも言い切りすぎるのは慎重であるべきです。

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