ペイントバイナンバーは誰が発明したのか
1950年代のデトロイトで、絵具を売るための商品として生まれました。マックス・クラインとダン・ロビンズ、Craft Master という商標、そして史実として扱ってはいけないダ・ヴィンチの逸話。
番号のついた区画を色で埋めるという発想そのものは、誰か一人のものではありません。下絵に印をつけて分業する手続きは、工房で絵を量産していた時代からありました。ただし、それを箱に詰めて店頭に並べ、家庭の娯楽として成立させた商品には、はっきりした出どころがあります。1950年代初頭のデトロイト、Palmer Paint という小さな塗料会社です。
二人の名前
マックス・クラインはその Palmer Paint 社の経営者でした。会社が売っていたのは絵具であって、娯楽ではありません。売上を伸ばすには、絵具を使う理由を持たない人に絵具を使う理由を作る必要がある——この商売の側の要求が、企画の出発点だったとされています。
ダン・ロビンズは同社の商業デザイナーで、番号のついた領域という具体的なしくみを組み立てた人物です。輪郭を刷ったカンバスボード、番号のついた絵具の小瓶、どの番号がどこに入るかの対応。この「作れば売れる形」に落とし込んだ仕事がロビンズのものだった、というのが一般に流布している記述です。
正直に書いておくと、二人のどちらがどこまでを考えたのかは、いまも一致した見方がありません。発案は経営者の側にあり実装が社員のものだった、という語り方もあれば、しくみそのものがデザイナーの発明だった、という語り方もあります。両者の回顧はそれぞれの立場から語られていて、突き合わせると細部が食い違います。ここは「争いがある」と書くのが正確で、どちらか一方を断定する文章は、たいてい出典をさかのぼると片方の回顧に行き着きます。
Craft Master と「誰もがレンブラント」
商品は Craft Master という名前で売られました。売り文句は「誰もがレンブラントになれる」という趣旨のもので、これがこの商品の性格をよく表しています。売っていたのは絵ではなく、絵を描いたという体験でした。腕がなくても、習っていなくても、箱を開ければ夕方には壁に掛けられる何かができている、という約束です。
1950年代の前半、アメリカでこれは本物の流行になりました。塗り上がったカンバスが家庭の壁に掛かり、贈り物になり、雑誌のネタになりました。ただし流行は長くは続きません。数年で熱は引き、商品は棚の隅の定番へ戻っていきます。爆発的に売れた期間の具体的な出荷数については、語り手によって数字が違います。ここで一つの数字を選んで書くのは誠実ではないので、書きません。
ダ・ヴィンチの話について
この商品の由来として、レオナルド・ダ・ヴィンチが作品の各部に番号を振り、弟子に塗らせていた——という話が繰り返し語られてきました。着想の元がそこにあった、という形で紹介されることが多い逸話です。
これは会社自身が広報の中で語った起源の物語であって、裏づけのある史実ではありません。番号を振った下絵が残っているという話でもありませんし、美術史の側からそう記述されているわけでもありません。商品の格を上げるために持ち出された由来として扱うのが妥当です。ここを曖昧にしたまま「ルネサンスに起源がある」と書く記事は多いのですが、その一文には根拠がありません。
なぜ商売として成立したのか
構造を見ると、これは娯楽としてよくできている以前に、商品としてよくできています。
- 絵具が主役の商品なので、遊べば遊ぶほど在庫が減り、次の箱が売れる。
- 完成品が壁に掛かるので、買った人の家がそのまま広告になる。
- 失敗しにくい設計なので、返品や「自分には向いていない」という離脱が起きにくい。
- 技能を要求しないので、対象になる客が絵を描く人に限られない。
つまり、絵具を売るという目的から逆算して作られた形式です。それが結果として、七十年後に画面の上で生き延びるだけの強度を持っていたというのは、なかなか皮肉な話でもあります。
批評家が冷たかった理由
当時の批評は概して否定的でした。理由は分かりやすくて、構図も配色も区画の切り方も、買った人が到着する前にすべて決まっているからです。作り手の判断が入る余地がないのなら、それは制作ではなく作業だ——という指摘です。同じ絵が何万枚も同じ配色で存在することへの嫌悪もありました。
その後の展開は、断定を戒める材料になります。スミソニアンがこのキットを20世紀アメリカの生活文化を示す資料として展示するに至ったからです。安っぽい流行と見なされたものが、時間が経って資料になった。作品としての評価が変わったというより、評価の枠が変わったということですが、いずれにせよ当時の「これは芸術ではない」という断定は、そのままの形では残っていません。
画面に移って何が残ったか
形式そのものは、驚くほどそのまま残りました。輪郭で閉じた領域、領域に振られた番号、番号で引くパレット。カラーバイナンバーのアプリを開くと、1950年代の箱の中身と同じ骨格が出てきます。
落ちたのは素材に由来する制約のほうです。乾燥待ちがなくなり、筆を洗う必要がなくなり、絵具の本数が箱の大きさに縛られなくなり、そして何より、置き間違えが取り返しのつかない損傷ではなくなりました。Numbrush では、選んでいる色に属さない領域を押しても何も起こりません。塗られることも、警告が出ることもなく、だから取り消しも消しゴムもありません。1950年代のカンバスでは物理的に不可能だったことです。
逆に、残したくても残らなかったものもあります。完成したときに手元に物が残ること、絵具の匂いと厚み、壁に掛かる一枚。そこを求めているなら、いまも売られている箱入りのキットのほうが正しい選択です。
よくある質問
ペイントバイナンバーを発明したのは誰ですか
商業版はデトロイトの Palmer Paint 社から出ました。経営者のマックス・クラインと、番号領域のしくみを組み立てた商業デザイナーのダン・ロビンズの二人の名前が挙がります。どちらの寄与がどこまでかについては見方が分かれていて、一方に確定させる記述には根拠が足りません。
ダ・ヴィンチが起源というのは本当ですか
裏づけはありません。これは会社が広報の中で語った起源の逸話で、以来くり返し引用されてきたものです。美術史の記録として確認されている話ではないので、史実としては扱えません。
Craft Master とは何ですか
Palmer Paint 社がペイントバイナンバーのキットを売るときに使った商品名です。輪郭の刷られたカンバスボード、番号のついた絵具、筆が一式になっていました。1950年代前半のアメリカで広く売れた商品です。
いまのぬりえアプリは当時のキットと同じものですか
骨格は同じで、素材の制約だけが外れています。乾燥待ちも筆洗いもなく、色数が箱に縛られず、押し間違いが作品を壊しません。代わりに、完成しても手元に物は残りません。
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